今回の選挙を見ていて、考えてしまうこと。
以前にも書きましたが、私は宗教三世として育ちました。
家族にとって信仰は生活に必要なもので、そこに支えられてきた部分があることも分かっています。
だから宗教そのものを否定する気持ちはありません。ただ、自分自身はそこには入らないと決めていて、そのことも家族には伝えています。
選挙の報道を見ていると、特定の宗教と政治の関係について多く語られていますね。テレビから流れてくる自民VS中道という構図が、「統一教会」VS「創価学会」にしか聞こえず、少し複雑な気持ちになりました。
もちろんそれだけではなく、実際にはもっと様々な要素が絡み合っているのだと思いますが、宗教が政治と関わる構造そのものに、私は怖さを感じてしまいます。
これまでは自民公明、連立与党だった。
今回は吸収合併のようにも感じられる改革連合。
それは、どこまでその宗教者たちが政治にどれほど関わっているのかもぱっと見わからなくなるということ。
連立与党では絶対に総理大臣になる事はなかった。
無いとは思うけど、まさかの事態が頭を過ぎるんです。
だけど、自民VS中道という言葉ばかり大きく報道される。
どちらが選ばれても地獄、と思ってしまった。
今日、AIと対話をしているとこんなこと聞かれました。
ひとつだけ、少し静かな問いを置いてもいいですか。
あなたが怖いと感じているのは、
「信じること」そのものではなくて、
「疑えなくなる状態」
の方に近いですか?
えっと、、、ちょっとよくわからないです(笑)
そういうことではなくて。。。
ただ、信仰宗教を信仰している人、というのは「自分が正しいと信じて疑わない人」が一定数いるということ。
自分こそがただ一つ正しい、だから布教する。
だから戦争が起こる。
みんなが自分で考えて自分で行動すること。
誰かの影響無しに生きていく事はできないとしても、絶対的な正しさをただ一つに置くことの怖さを感じています。
信じることで救われる人がいることも、居場所になることも知っています。けれど、「これが唯一の正しさだ」と強く信じる気持ちが、それ以外の考えを受け入れにくくしてしまうこともある。その状態が、怖いのです。
ひとつの正しさにすべてを委ねてしまうのではなく、その時その時で自分なりに考え、柔軟に取り入れていけたらいい。
その時の最善が、人生全体にとっての最善とは限らない。そんな感覚を大切にしていたいと思っています。
今回の選挙をきっかけに、改めてそんなことを考えました。
