法句経 どこまで続く?AI翻訳の“山”

AI翻訳

法句経をAIと翻訳していると、ある瞬間、思わずこうつぶやいてしまいました。

「AIさん、、これ…いつまでやってくれるの?」

一つの章を訳し終えると、まるでロールプレイングゲームのように
「次に進みますか?」と選択肢を差し出してくるAI。

私は、ぼんやり「はい」を選び続けていたのですが…いつまでたっても終わる気がしない。

これはまさか、無限のダンジョンなのでは?


📖 本の分厚さが見えない不安

紙の本なら、ページの残り具合で「あとどのくらい」が見えます。

でも、AIはオープンソースの原典データを際限なく持ってきてくれる。

その便利さゆえに、私はだんだん不安になってきました。

ゴールが見えないと…進めない性格なんです。

そう伝えると、AIは冷静に、全26章の章立て一覧をスッと出してくれました。
(えっ……26章!?)


目次
  1. 双句品(Yamaka Vagga):Verse 1〜20
  2. 不注意品(Appamāda Vagga):Verse 21〜32
  3. 心品(Citta Vagga):Verse 33〜43
  4. 花品(Puppha Vagga):Verse 44〜59
  5. 愚者品(Bāla Vagga):Verse 60〜75
  6. 賢者品(Paṇḍita Vagga):Verse 76〜89
  7. 聖者品(Arahant Vagga):Verse 90〜99
  8. 千品(Sahassa Vagga):Verse 100〜115
  9. 悪品(Pāpa Vagga):Verse 116〜128
  10. 刑罰品(Daṇḍa Vagga):Verse 129〜145
  11. 老品(Jarā Vagga):Verse 146〜156
  12. 自己品(Atta Vagga):Verse 157〜166
  13. 世界品(Loka Vagga):Verse 167〜178
  14. 仏陀品(Buddha Vagga):Verse 179〜196
  15. 楽品(Sukha Vagga):Verse 197〜208
  16. 喜愛品(Piyā Vagga):Verse 209〜220
  17. 怒品(Kodha Vagga):Verse 221〜234
  18. 垢品(Mala Vagga):Verse 235〜255
  19. 比丘品(Bhikkhu Vagga):Verse 256〜272
  20. 比丘尼品(Brāhmaṇa Vagga):Verse 273〜289
  21. 種々品(Vagga Vagga):Verse 290〜305
  22. 地獄品(Nirayā Vagga):Verse 306〜319
  23. 象品(Nāga Vagga):Verse 320〜333
  24. 渇愛品(Taṇhā Vagga):Verse 334〜359
  25. 比丘品(Bhikkhu Vagga)(※再登場):Verse 360〜382
  26. 梵志品(Brāhmaṇa Vagga):Verse 383〜423

昨日投稿した第8章がVerse100〜115。
3桁に入りました。

一つ一つは短いので読みやすいですが、一度にこれを読むのは、、、流石に、、、、

じっくり読むつもりが、登山モードへ

本当はじっくり味わいながら訳していきたかった。

でも26章と知った瞬間、私はこう決めました。

「全部訳してから読もう。」

とにかく一気に山を登ってしまおう。

機械的に、テンポよく、内容を深く考えずに訳しきってしまおうと。

隙間時間で進めたとはいえ、翻訳に使ったのは実質2時間〜3時間弱くらい。

AIのおかげで、ものすごいスピードで「原文→英訳→日本語訳」が進んでいきました。


🔍 ちょっとまじめに:なぜ26章もあるの?

調べてみると、法句経はブッダの教えの中でも特に短く凝縮された詩の集まり。

それぞれの章はテーマごとにまとめられていて、

  • 「心」や「愚かさ」「花」「不注意」など、日常の中で出会う感情や姿勢が詠まれています。
  • 詩として短く、でも読みようによってはとても深い。

だからこそ、26章にも及ぶ膨大な数の“気づき”が込められているんですね。
(自分で調べたものは一つもなく、全部AIが教えてくれるんですけどね)


読み返すたびに、わかることが変わっていく

こうして一度AIで翻訳してもらった法句経を、今あらためて読み返し、

こうしてブログとして言葉にまとめていく中で、少しずつ内容が自分の中に染み込んでいく感覚があります。

正直、「不注意品(ふちゅういぼん)」なんて、最初は意味がわかりませんでした。

時代の違いかな?とも思ったけれど、ある日ふと、日常の中で
「あ、これが“不注意”かも」と腑に落ちる瞬間がありました。

仏教の教えは、きっとその人にとって一番必要なタイミングで

「あ、これだ」と気づくようにできているのかもしれません。


まだまだ続く

法句経が26章あると知ってから、「登れる山なんだ」と思えるようになりました。 思ったより登りやすい山かも?

そして今は「どこまで来たか」が分かるようになったから、焦らず一歩ずつ、

今の自分に必要な言葉を探しながら進んでいこうと思っています。


ということで、3分の1です。

次は第9章。

これからもお付き合いください。。。

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